日々の潜水・撮影活動の中でキラリと光ったシーンをまとめてみました
腐海の森


あがきながら死んでいったバカ貝の貝殻が白いベールに覆われて、墓標のように立っている。
海底でこの風景を目にした時、あの名作アニメーションを思い出した。

極限まで発達した人類文明が「火の7日間」と呼ばれる最終戦争を引き起こし、瘴気(有毒ガス)が充満する腐海と呼ばれる菌類の森や、腐海の中でのみ生息する獰猛な蟲(むし)が発生して1000年余り、拡大を続ける腐海に脅かされながら、わずかに残った人類は、古の文明の遺物を発掘して利用しつつ、細々と生きていた、という物語。
日本を代表するアニメーター、宮崎駿が早くも1980年代に発表したこの作品。
人々がバブルに踊りまくっていた時代、人間と自然の本来のあり方を見事に暗示していた。
当時、こんな視点で世界を語る作品を見たことがなかったので、衝撃を受けたのを覚えている。

ところで、この海底を覆い尽している白いベールのようなものの正体は細菌で、その名をベギアトアという。
澱んだ水路に生息し、酸素のある水中とその下の酸素のないヘドロの境目に薄い幕のように平たく広がる。
酸素の少ない海底では、水中の硫酸塩が嫌気性細菌によって分解されて硫化水素が出るが、このとき硫化水素と水中のわずかな酸素を反応させてエネルギーを得ているのが、この細菌だ。

長い地球の歴史の中で、酸素を呼吸して生きる生物が登場するのは植物が出現してからで、ごく最近のこと。
それ以前は酸素がなくても生きられる生物、つまりヘドロの中の嫌気性細菌のような生物の世界だった。
その後植物が登場し、大気中に酸素が蓄積されると、酸素に触れると死んでしまう嫌気性細菌はどんどん住む場所を追いやられ、嫌気性細菌たちは、ドブ川や澱んだ湾内の一部などの場所に封じ込められた。
この細菌ベギアトアは、そこから漏れ出る硫化水素が陸上生物に有害な影響をもたらさないように、無害な硫黄に変える役割を果たしてくれている。

この写真にある世界は、まさに無酸素で硫化水素が充満する世界と我々の住む世界の境界の風景。
数百年後、数千年後、もしかしたら数十年後の我々の住む「風の谷」の姿なのかもしれない。

2つの世界を結ぶ、腐海の森だ。



[2011年9月25日東京湾にて撮影、D90、TOKINA AT-X107DX]


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